袈裟がけに斬られた芹沢は

袈裟がけに斬られた芹沢は、ふっと笑い最期の言葉を紡いだ。「土方…鬼になれ。甘さはここへ置いていけ…」「芹沢……さん…」「沖田…すまなか…たの…」「いいえ。…大好きでしたよ、芹沢さん…」ニコリと笑って、沖田は頭を下げた。首から吹き出た血を手で押さえ、芹沢は最期の時がすぐだと知る。ガクリと膝を下り、隣で眠るだろうお梅に向けて、子宮內膜異位症で染まった腕を伸ばした。「お…う…め………後はま、かせ……―――」ドサッ芹沢はそのまま倒れた。芹沢鴨――――享年三十六歳己を知り、己の役所を見事全うした男のこれが最期であった。ホンマ…男なんて阿呆ばっかりや。うっとこの店にお前様が来はった時、お前様がウチを囲うてくれはる言うた時、あんなに嬉しかったのは初めてやったんどすぇ?約束、してくれはったやない…死ぬ時は共に、と。守ってもらいますぇ?事切れた芹沢を眺め、男たちは呆然と立ち尽くす。それぞれが、それぞれの胸に抱く芹沢という男を思っていた。その時、轟く雷鳴が男たちの意識を現実へと引き戻す。土方は頭を振り、思いを振り切った。「山南さん、近藤さんを頼む」「…わかった。近藤さん、行きましょう」号泣する近藤を支え、山南は静かに出て行く。それを見送り、土方は原田に向き直る。「向こうはどうだった?」「…すまねぇ、一人逃がした。ただ、深手は与えたから長くはねぇと思う」「そうか。…よし、俺たちもずらかるぞ。………どうした、総司」脱ぎすてた頭巾をまたかぶり、土方が縁側に向かって歩き出す。だが、沖田は顎に手をやり、考え込むようにしたまま芹沢の遺体を見つめていた。「ねぇ土方さん。…芹沢さんは最期に何て言いました?」「あん?お前も聞いてたじゃねぇか。あの女の事だろ。女は確かに関係ねぇ、だからとっとと―――」「後は任せたって言いましたよね?それって………」「あの女に対してじゃねぇの?」「あれだけの覚悟をしていた芹沢さんが、彼女に任せる事なんてないと思いませんか?」「………誰か、いるってのか?」答えを探す三人は、芹沢の伸ばした手の先を追う。その時、稲光が部屋を一瞬照らした。その一瞬に見えた二つの目。男たちは息を飲んだ。襖はほんの少し開いていて、そこに女がいたのだ。「お梅さん…」呆然と座り込んでいるお梅に、沖田が悲痛な表情で声をかける。ビクリと肩を震わせて、お梅は襖からゆっくりとはい出てきた。「う、そ…やろ?お前様?」ずりずりと四つん這いで倒れる芹沢に向かうお梅。その目からは涙が流れ、畳にお梅の軌跡を残す。男たちは声をかける事も出来ず、ただ見守るしかなかった。「いや…嫌や…、お前様ぁ…っ」ようやく辿り着いたお梅は、伸ばされた手を取り、己の頬に当てる。「起きて…起きてや…まだ温いやないどすか…」まだ温もりの残る手を握り、うつろな目でお梅は語りかける。その時、お梅のいた部屋から人の気配を感じ、沖田が刀を抜いた。「…誰ですか?」ミシリ…沖田の言葉に、部屋から出てきたのは、約束を果たしにきた紫音であった。「…何故、貴女が…」沖田の横を素通りし、紫音はお梅の元へ歩み寄る。小さく震える肩にそっと手を置いて、優しく紫音は言った「もう、亡くなってますよ」その言葉に、お梅はゆっくりと振り返り、ふるふると首を振った。